幽霊たち

 荒川区の思い出のひとつに、剣道帰りで汗ばんだ俺の手を引く祖母と見送った、三河島を発つ貨物列車がある。「見えることもあるよ」と言って、祖母は煙草屋でソーダ飴を買ってくれた。三河島列車事故は、母によく聞かされていた。俺は事故現場直下のアパートに住んでいた。俺に「見える」ことはなかったけれど、なんだか少し怖くて、いつも人に甘えた。列車が遠のくと豆腐屋がラッパを鳴らして、風呂屋は煙をあげた。そういう場所だった。
 数年後に俺は甲府で熊の幽霊を見る。両親は信じてくれなかったが、祖母は少しもそれを疑わなかった。俺は「見える」ことが嬉しくて怖くて、祖母のもとでずいぶん泣いた。幽霊たちとはそれきりである。