潮風

 高校では帰宅部だった。入学式の日に友人から弓道部に誘われたが、指が痛そうだったから断った。学校が終わると家に帰って、散歩して眠る生活が2年半くらい続いた。
 高3の秋に教習所へ通った。自転車通学や散歩はもうたくさんで、別の足が欲しいと思っていた。免許を取った翌日は嬉しくて、高校まで車で通った。内緒で学校裏のコインパーキングに車を駐めて、授業が終わると校門を飛び出した。精算機に500円玉をねじ込んで、学ランのまま海までドライブした。カーステレオから流れるイージーリスニングを聴きながら「大人になった」と思っていた。こんな生活を卒業式の日まで続けていた。
 先日、近所の警察署で免許を更新した。ゴールド免許とは名ばかりで、あの日校門を飛び出して海へ走ったキラキラには到底及ばない。少しも勝てない。負けているのだ。パワーウィンドウを開けると潮風の匂いを思い出す。昨日のように。